前略、セチガラ山より。

ブービンとか呼ばれている人の日々の世知辛いアレ

こんにちは。命がけで挑んだイベント Engadget 例大祭 もなんとか終わりまして、今日は久々の非番です♪ そりゃもう、はいてる靴下が右と左で違うほどに呆けていますw

イベント準備と担当する動画やらで、2時間プライベートタイム(睡眠など含む)を10日ほど続けたのは自己最高記録。その前もとくにゆっくりしてませんが、人間死ぬ気でやるとわりといけるものです。ただし声はかすれて出ないし、目の焦点は合わないし指先はふるえました。頭痛薬の飲み過ぎで簡単に吐く始末、もう二度と嫌ですw まぁでも、イベントは事前登録ストップの大盛況でした。なによりよかった!

https://instagram.com/p/2aYxqEiw1Y/

で、今回は広報会議になにやら私の手がけた記事が取り上げられていたので、それについて感想文です。つまり、暇なんですw

mag.sendenkaigi.com

まず最初に。この記事について私は取材を受けておらず、内容的にエレクトロラックス側も受けてなさそうに読めます。コイツ、取材もせずに1つのソースだけで偉そうに講釈たれてやがります。耳障りがよいもっともらしいこと言ってないで踏み込んで欲しい、というのが私の正直なところです。

と、「コイツ」呼ばわり大変失礼いたしましてんですが、コイツ、Webで記事を掲載しておいてソースも貼っていません。おそらく本誌をWeb化しただけなんでしょう。大変申し訳ありませんが、とりあえずコイツで良さそうです。

記事の冒頭には「ブログや掲示板、ソーシャルメディアを起点とする炎上やトラブルへの対応について事例から学びます」と記載されています。事例から学ぶのは素晴らしいと思いますが、それ以前に事例を取材する方法を学んでいただきたい。できないなら担当編集がちゃんとケアして「形」にして欲しいです。

該当の記事はこれです。

japanese.engadget.com



内容はご覧いただいた通りのものです。先に言っておきますがプロダクトに罪はないです。6月7月には製品レビューする予定でおります。で、動画の通り、記事の修正を求められたわけですが、これを単純に「しめしめネタにしてやる!」と思ってそのまましたわけではありません。

編集者としては、企業と良好な関係を築いていた方がいいと考えています。しかし、メディアは読み手のためにあります。言うべきことは言うしすべき対応はします(それが修正後の動画です)。

一方で先方には「修正内容も含め伝えるし、変な感じになってしまうがそれでもいいのか?」とも確認しています。後述しますが記事は出しっ放しで終わりじゃないのでフォローもしています。

暴露というタイトルにすべきかはメディア側の判断ですが、広報さんのための媒体なんであれば、広報さんのためになるようちゃんと取材しなさいよ、と思いました。その上で「暴露」ならいいのですが。

何人かの記者さんはこの件について内容確認に動いていました。答えてないですがとにかく取材するところの人はそういう感触をつかみにくるものなんです。

メディアと広報 プロが教えるホンネのマスコミ対応術

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広報会議の記事では




広報がメディアに修正を求めるにはルールがある。原則は、あくまで「事実と異なる場合」に限られる




とありますが、僕はそうは思いません。

広報は企業の中の人とメディアの中の人の中間にいるパイプ役です。企業の中の人からの要望や想いに相当するものは大切にすべきです。結果的にそれが修正要望という形になることだってあるでしょう(まぁ今回の場合はそういう話じゃないんだけど)。

パイプ役はパイプですから、メディア側とも関係を築くのが仕事です。リリース出すだけなら猿でもできる。PR代理店でもできる。

中の人の想いをメディアにとって面白そうに見える形で提案をしてくれる広報さんは、できる広報さんです。反対の話でも言えることです。メディア側が取材を打診し、それを社内調整して会社的によい形にできる人はできる広報さんです。

どんなにメディアの中の人と仲良しだろうが、そんなものはカス。大して意味がありません。よい提案をするために、我々はよい記事を提供するために、互いに仲良くしておいた方が得だと思いますが、それは本質じゃありません(人間なので仲良くなる人とは自然とそうなります)。

明確な間違えだけ修正提案するのが正解。という話でもありません。読み手のためになる形が望ましいのであって、それは明確な間違いだけではないはずです。

たとえばですが、違う形で取材の機会を提案するのも1つでしょう。たとえば、普段から関係を築いておけば、メーカーの言い分はこうです、という形の追記で済んだかもしれません。要するに企業の中とメディアの双方にとってよい形を提案できるか、なんです。

メディアは読み手のためにあります。仲良しだろーがなんだろーが、相手が大きかろうがなんだろうが、ぶんなぐる時はなぐります。むやみにやたらとなぐるつもりはありませんが、いざって時になぐれないメディアには死んだような読み手がつくだけです。

広報会議の記事に「少なくとも記事からは、この内容で修正に応じると思われた腹立たしさが十二分に伝わってくる」とありますが、申し訳ないですが腹は立てていません。腹を立てたら糾弾型の記事は意味をなしません。懸念はただ1つ、この修正はエレクトロラックスの掃除機について読み手が知りたいことの本質ではない、ということです。

どういう形にするか迷いましたが、編集権に踏み込んできた相手に対し明確に線を引くことが、自分たちのブランド価値の向上につながると判断しました。読み手に対しても、ほかの企業に対しても我々のラインをはっきりさせた方が今後のためにもいいだろうという判断です。

とはいえ我々は製品を扱う媒体です。クライアントになりうるメーカーにケンカを売るのは得策ではありません。得策じゃないけど、どうであってもやるときはやるんです。今回は修正記事をあげる上でビジネス側のスタッフにも声をかけていますし、公開する際に先方にも「掲載するよ」と仁義をきっています。

選ばれるプロフェッショナル ― クライアントが本当に求めていること

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記事掲載後、先方からは謝罪にお越しになりたいと話がありました。この手の批判後にはよくあることなのでそれは想定しており、その提案はお断りしました。メディアとして謝られる筋はありませんし、偉そうなメディアの人になるつもりもないからです。

その代わり、掲載翌日にこちらが会社に出向くことにしました。掲載した以上、意図を説明できなければただの公開オナニーです。メディアの出し手はどんな結果が待っていようが矢面に立つ責任があると思います。命の危険などあれば立ち方は工夫する必要があるでしょう。

その日は先方から説明を受け、こちらも経緯を説明しました。たがいに面と向かって誠意を見せて説明すれば、さらに踏み込んでくることは滅多にありません(一度だけあるw)。

嫌われる勇気

嫌われる勇気

以上、話してもいいかなって部分をブログに出しましたが、広報会議の記事は取材をしていないので、こうした内容にふれることなく、お為ごかしと感じる内容に終始しています。

広報との関係、読み手との関係は対等だと考えています。その方がメディアにとっていいと思います。件の記事の解決策では、メディアと広報がいつまでたっても「メディア>広報」のままです。それは旧メディアの構造であって、もうそれを当てはめる時代じゃありません。

メディアの中の人も読み手も企業も、メディアを中心に同じ方向を向いているのが理想だと思っています。そこには力関係によらずにポジティブもネガティブが存在していて当然で、その方が今っぽいです。

メディアは好きに言う口を残しつつ、聞く耳を持たなければ必要とされません。ただしニーズに尻尾をふっているだけでは、盛り上がらないカラオケみたいに空回りしたヒット曲を流すだけになってしまいます。

家族みんなでコタツでお鍋、←クソアツい! 家族みんなで縁側でスイカを食べる、そんな場所をメディアと読み手、企業と一緒に作れた方がみんな楽しい、と思います。広報さんも読み手もメディアも鍋の具材を考えた方が楽しい←クソアツい! まるっとみんなでスイカ食べた方が楽しいに決まっているんです。

おそまつさま!



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